推し活×本棚

『推し、​燃ゆ』​書評|​「推しは​背骨」​を、​5年後の​いま読み直す

『推し、燃ゆ』書評|「推しは背骨」を、5年後のいま読み直すの書影
書影:河出書房新社

「推しが燃えた」。この書き出しで始まる小説が芥川賞を受賞したのは、2021年1月です。以来、『推し、燃ゆ』(宇佐見りん・河出書房新社)は「推し活」という言葉を社会に定着させる決定的な作品になりました。

刊行から5年以上たったいま、推し活が4兆円市場と呼ばれる時代に、この小説を読み直してみます。

この本について

主人公の女子高生あかりは、ファンを殴ったと炎上したアイドル・真幸を推し続けています。学校にも家庭にも居場所を見つけられない彼女にとって、推しを解釈してブログに綴ることだけが、世界とつながる手段です。

有名なのは「推しは私の背骨だ」という一節です。この一節は、推し活が娯楽ではなく生きるための支柱になりうることを、これ以上なく的確に言い当てています。いまも引用され続けている言葉です。

物語は炎上の場面から始まります。うまくいかない学校やアルバイト、家族との距離といったあかりの日常と推し活が、並行して描かれていきます。読みどころは、ストーリーの起伏そのものよりも文章です。あかりの身体感覚を通して、「推しがいる生活」の重さと切実さが伝わってきます。結末に向けて訪れる大きな転機については、ここでは伏せておきます。

宇佐見りんさんは、主人公にとっての「推し」との距離をこう語っています。

返事や見返りが約束されていないからこそ、あかりは相手の生活を直接背負わずに愛情を注げます。その安全な距離が、あかりにとって現実の人間関係とは違う支えになっています。

印象的な論点:あかりの推し活は「消費」ではない

あかりはCDを買い、現場にも行きますが、彼女の推し活の中心にあるのは解釈です。あかりは推しの発言を聞き込み、文脈を調べ、自分の言葉でブログに綴ります。彼女にとっては、この行為だけが世界を理解する方法です。

この描き方は、推し活の実像に驚くほど忠実です。外から見れば、推し活は「お金を使うこと」に見えます。しかし当事者にとっては、推しを通して世界に意味を見出すことのほうが中心です。支出はその結果にすぎません。

だからこそ、あかりから推しが失われることは「趣味がなくなる」ことではなく、世界を解釈する方法そのものを失うことを意味します。この小説の切実さは、その一点に集約されています。

編集長の視点

推し活を「消費」や「市場」の言葉で語る仕事をしているからこそ、この小説には毎回、姿勢を正されます。

あかりの推し方は、マーケティングの言葉でいえば「LTVの高い優良ファン」でしょう。でもこの物語が示すのは、あかりの熱中の正体が彼女の人生の切実さそのものだということです。背骨という言葉は比喩ではない。推しがいなくなったら立てなくなる人が、現実に大勢いる。

だから私たちは、企業と推し活の仕事をするとき「ファンの熱量は資源ではなく預かりもの」を合言葉にしています。誰かの背骨を預かっている自覚のない推され方・推させ方は、いつか人を壊す。推し活ビジネスに関わる人こそ、市場規模のレポートより先にこの小説を読むべきだと考えています。

推し活未来研究所メモ:推し活の核は「解釈」

  1. 推し活の核は「解釈」 — あかりの推し活の中心はグッズでも現場でもなく、推しを解釈して言葉にする行為。推し活の本質は消費ではなく意味づくり
  2. 「背骨」は祝福であり脆弱性 — 生きる支柱になるからこそ、推しの喪失は人生の危機になる。推しロスは笑い話ではない
  3. 炎上時代の推し活 — 推しが「燃える」リスクと共に推す時代。ファンのセーフティネット(コミュニティ・複数の居場所)の価値はこれからもっと上がる

どんな人に刺さるか

  • 推しがいる人 — どこかのページで必ず自分に出会います。読んでいてつらくなる可能性もあるので、心に余裕があるときに読むのがおすすめです
  • 推し活が「わからない」人 — なぜあんなに熱中できるのかを、理屈ではなく体感として理解できる最短ルートです
  • ファンビジネスに関わる人 — 「熱量の高い優良ファン」という言葉の内側で何が起きているのかを知るために

光にあふれた明るい推し活の話を期待して開くと、手応えの重い読書になります。それでも本作が「推し活文学」の代表であり続けるのは、影を描き切ったうえで、推す人の切実さを一度も茶化さないからです。

書籍情報

書名『推し、燃ゆ』
著者宇佐見りん
出版社河出書房新社
刊行2020年9月(単行本)/2023年7月(河出文庫)
受賞第164回芥川龍之介賞

購入はこちら: Amazon(河出文庫)/楽天ブックス

公開コンテンツとつなげて読む

炎上とはは、推しの問題がファン自身の危機にもなる仕組みを整理しています。物語冒頭の出来事を、断罪か擁護かの二択にせず読むための手がかりです。

推しを生活の支えにすることと、現実の本人との境界を守ることは両立します。推しとの距離と推しロスを合わせると、あかりの切実さを個人の弱さへ還元せず、支えを複数持つ意味まで考えられます。

この本を読んだ人におすすめの3冊

書名なぜおすすめか
『かか』(宇佐見りん)デビュー作にして三島由紀夫賞受賞作。『推し、燃ゆ』の文体の原点
『イン・ザ・メガチャーチ』(朝井リョウ)個人の切実さ(推し燃ゆ)の対岸——熱量を集める側の構造を描く(書評はこちら)
『「好き」を言語化する技術』(三宅香帆)あかりの「解釈する推し活」を、自分でも実践するための技術書(書評はこちら)

まとめ

『推し、燃ゆ』は推し活の光と影の「影」を直視した作品ですが、読後に残るのは否定ではなく、推すことの切実さへの敬意です。推し活に少しでも心当たりのある人なら、必ずどこかのページで自分に出会います。

推し活×本棚では、推し活・ファン文化の本を1冊ずつ深掘りしています。

よくある質問

『推し、燃ゆ』はどんな小説ですか?

ファンを殴ったと炎上した推しを、それでも推し続ける女子高生あかりの物語です。宇佐見りんさんの第164回芥川賞受賞作(河出書房新社・2020年刊)で、「推し活文学」の代表作とされています。

「推しは背骨」とはどういう意味ですか?

主人公あかりにとって推しが、娯楽ではなく生きるための支柱そのものであることを表す作中の言葉です。推しを解釈して言葉にする行為が、彼女と世界をつなぐほとんど唯一の手段として描かれています。

推し活をしていない人でも読めますか?

読めます。推し活の描写は緻密ですが、本質は「何かを支えにしなければ立てない人」の物語です。身近な人の熱中を理解したい人や、支えを失う怖さを知っている人にも勧められる小説です。